カーテンの隙間から差し込む月光が君の寝顔を照らし出す。
君は今、私の隣で安らかな寝息を立てている。
健やかな眠りを貪る君。
私はもう幾晩も眠れぬ夜を過ごしているというのにね。
知っているかね、君。こんなとき、夜の闇の中で私が何を思うのか。
私の心に宿るもの。それはいつもたったひとつだ。
君のこと。それより他にはないのだよ。
こんなことを口に出せば、きっと君は笑うのだろうね。いいや、綺麗な柳眉をつり上げて、いやあな顔をするかな。もしかしたら怒り出してしまうのかもしれないねぇ。
それでも想いは止められないのだよ。誰にもね。
他人の心を操る術を知りながら、私は自分の想いを止めることさえままならない。
君の一挙手一投足にどれほど私が惑わされるのか、君は何にも知らないのだろうね。
君の声を聞くだけで、私の心臓は踊り出す。その声がひとたび私の名を紡ごうものなら……。
わかるかい。私の心に吹く嵐が。
笑ってしまうよ。これではまるで恋する少女のようじゃあないか。
君に逢うまでの私は、こんな気持ちは欠片も抱いたことがなかった。
もちろん、知識としては知っていたさ。人にはそういう想いがあるってことをね。
だけどそれは他人事だ。まさか自分の身の上に降りかかるなど……。
考えてもごらんよ。灰色の世界に恋のときめきなんて、ノストラダムスの予言より真実みが薄いと思わないか。
そう。君を知るまでは、私の世界はモノトーンだった。色のないどんより曇り澱んだ世界。灰色の渇いた砂漠。
そこに吹き抜ける一陣の疾風(かぜ)。それが君だった。
疾風は炎の紅を身に纏い一瞬で世界に色を掃いた。
私の世界が一変した。
正に衝撃的だったよ。
あまりのことに私は君から目が離せなくなったんだ。
いや、ちがう。そうじゃない。
みつめるだけでは足りないよ。
欲しい。
世界を塗りかえるその力が。何者にも染められない強靱な意志が。君という存在その全てが。
どんなことをしても手に入れよう。私が欲して手に入らないものなど何一つないのだから。
今から思えば、あれが一目惚れってやつなんだね。
そんなもの架空の世界にしかあり得ないと思っていたよ。
くくく……。
本当に可笑しいったらありはしないね。
他人から「悪魔」と畏れられる私が……。血も涙もない人でなしのこの私が一目惚れ!
まったく、これだから人生は油断がならない。
何の変化もなく退屈で、惰性で潰していくしかない時間だと思っていたのに、とんだ落とし穴だ。
でも、そこに堕ちたことは不思議に不幸ではなかったよ。
そりゃあね。君の心ない一言で、私は昇ったり落ち込んだり大変だけど。
デリカシーってものをぜんぜん知らない君は、繊細な私を容赦なく斬りつけてもくれるけれどね。
それでも、欲しいものがあるっていうのは、きっと、この上もなく幸せなことなんだと、私は思うよ。
ほら、よく言うじゃあないか。恋の鞘当ては、手に入れるまでのプロセスが楽しいって。
まあ、実際経験してみると、ただ楽しいばかりではないことは、身にしみて感じたけどね。
「う……ん……」
想いを巡らせていると君は小さく声を上げて微かに身じろいだ。
それからゆっくり瞼が開いて、私が愛してやまない紅い瞳があらわになった。
おや、失敬。起こしてしまったようだ。
「まだ、起きていたのか……」
君は問う。
それに私は答える。
「うん。君を見ていたら寝そびれてしまってね」
ずっと見つめていたなんて、君は怒るかもしれないね。そう思ったのに返ってきた台詞はまったく違っていた。
「眼の下に隈ができておるぞ。昨夜も眠っていないのではないのか?」
私は驚いてしまった。
良くわかるなぁ。普段は何にも考えていないくせに。
「眠れないのか?」
そうだよ。
君が居ても居なくても私の夜は長すぎる。考えることが多すぎてね。
何も言わない私を君は身を起こし胸にかき抱き言う。
「貴様は多くを考えすぎだ」
なんてこと!
そんなことまでわかるのかい。
「眠れないなら眠らなければいい。眠くなるまで……何も考えられなくなるまで、ワシが可愛がってやろう」
「くすくすくす……」
私は全てを見透かされていることに笑い出してしまった。
「何を笑う?」
「だって……そんなことしたら、明日会社に行けなくなってしまうよ」
そう。明日からまた暫く、君とは離れ離れなんだ。
「だったら行かなければいい」
「え?」
突拍子もないことを言うなぁ。私は社長なんだよ。社長が会社を放棄するわけにはいかないじゃないか。
「貴様が一日くらい居なくとも会社は傾いたりせんだろう」
それは確かにその通りだ。
私の分の仕事の穴を埋めてくれる有能な部下は何人もいる。
「そっか……そのとおりだね」
「だろう。一日二日休みを取ったところで罰は当たるまい」
くっくっく……。
私はまた笑い出していた。
日にち、増えてるし。
ああ……。やっぱり君には敵わない。
だから私は君と離れられないんだ。
君も私を離す気はないんだろう? ねぇ、衝撃のアルベルト。



私たちは抱き合った。強く強く。
そして甘い甘いキスをする。
この世の誰にも負けない絆で結ばれたようなキスを……。
きっともう私は眠れるだろう。何も考えず昏々と。君の夢に抱かれて。
ありがとう。アルベルト。








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