目的の場所は近かった。
ものの三分とはかからない。
その扉の前に立ちインターフォンのボタンに指を伸ばしたのだが、それを押す寸前でアルベルトの動きがピタリと止まった。
防音設備の行き届いているはずの部屋の中から、微かに人の声らしきものが聞こえてきたのだ。
──来客か?
もしそうなら、招き入れられてもこんな精神状態では、目的は何も果たせず欲求不満は募るばかりだ。
アルベルトはドアに体を近づけて耳をそばだたせた。
と。
『……ぁ……ん……』
耳に入ったのは何やら甘ったるい声だった。
真っ先に頭に浮かんだのは、自分と同じようにセックス断ちに耐えきれなくなった奴が、数多いる愛人の誰かと不貞を働いているのだろうということだった。
カッと頭に血が上ったアルベルトは、破壊も厭わない勢いでドアノブに手をかけた。
ところがドアは何の抵抗もなく内側に開かれたのだ。
拍子抜けだった。
──鍵をかけていないのか? なんと大胆な!
浮気を隠そうとさえしない態度に、アルベルトの怒りは頂点に達した。
しかし、扉が開かれたせいで更に大きく聞こえてきたのは、アルベルトの思いもしない言葉だった。
「あっ……アル、ベルト……」
最初は声をかけられたのかと思ったがそうではなかった。
「んぁ……アル……もっと……」
甘く響く声は明らかに情欲を含んだそれだったからだ。
アルベルトの心臓がドクンと強く脈打った。
姿は見えない。
ドアの調度正面に背もたれをこちらに向けてソファが配置されていたからだ。
どうやら奴はそこに寝そべっているらしい。
そのせいなのか、行為に夢中になっているからか、奴はアルベルトがいることに全く気付いていないようだった。
それに乗じて、アルベルトは静かに体を部屋の中に滑り込ませた。そして後ろ手にドアを閉め施錠する。
「アル……アル……」
それでも奴は気にする様子もなく、まるで泣いているかのような声で最愛の者の名を繰り返していた。
一体どんな顔でその名を呼ぶのだろうか。
アルベルトの脳裏を何度も見た奴の夜の顔がフラッシュバックのように巡る。
アルベルトはゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして気付く。
あんなに何度も達したというのに、アルベルトの欲望がズボンの布地を突き破らんばかりにその存在を主張していたのだ。
その瞬間、せっかく取り戻しかけていた彼の理性の糸が音を立てて切れた。
「ふ……ぁっ……ああ……」
ソファの方からは盟友(とも)の艶めかしい声が聞こえ続けている。
それに背を押されるかのように、アルベルトは躊躇なくズボンの前を寛げ、中から雄身を引きずり出した。
それは早くも湿っててらてらと光っていた。
「チィッ」
アルベルトは軽く舌打ちをして、屹立するものを握りしめた。
「ああ……んっ……アル……」
早くと急かすような奴の声が鼓膜を震わせる。
その声にアルベルトは自分の先を促すように、ゆっくりと砲身を扱き始めた。
ぞくぞくと背筋を快楽が這い上る。
奴にこの行為が気が付かれるかもしれないという緊張感も、アルベルトの興奮を高めていた。
だが、当の本人の方はアルベルトを肴に自分を慰めることに夢中なようだ。
「アルベルトっ、アルベルトっ。あ、あ、ああ……」
声からしか奴の痴態が推し量れないことが、ますますアルベルトを昂ぶらせた。
「くっ……」
上がりそうになる喘ぎを噛み殺しながら強く擦った。
奴ならばこんな風に自分を愛撫するのではないかと想像しながら。
「はっ……はぁ、はぁ……」
歓喜に息が荒くなっていく。
もう後には引けなくなった。
そんなアルベルトをよそに、奴は彼の名を呼びよがり続ける。
こんなに近くにいるというのに、何故抱き合わないのかという疑問は微塵も湧いてこないほど、アルベルトは今、快楽を追うことだけに支配されていた。
否。チラリズムとでもいうのだろうか。声だけしか手がかりがないことがアルベルトに悦びをもたらしているのだ。
アルベルトは夢中で自身を擦る。
躯を繋いでいるときよりも強い快感がアルベルトを襲う。
両足から力が抜け、がっくりとその場に膝をついた。
パタパタっと小さな音を立てて、アルベルトの樹液が絨毯を汚(けが)した
もう昂ぶりは、ぐっしょりと濡れそぼっている。
先端の小さな孔が息でもするように、何度も開閉しては先走りを溢れさせていた。
アルベルトは片手で陰茎を扱きながら、空いた方の手の指を蜜の湧き出す鈴口に伸ばした。
恐る恐るという態でそこに触れる。
「んっ、あ……。アル、ベルト……そこ……」
その声がアルベルトを煽り、触れただけだというのに、まるで電流のような快感がそこから全身に広がった。
「う……ぁ……くっ……」
あまりのことに大きな声が漏れそうになり、アルベルトは慌てて唇を噛みしめた。
それでも快楽を追う欲は止(とど)まらなかった。
欲の丈を擦る手は更に激しさを増す。
雫の源泉を嬲る指はその孔を拡げようと蠢いた。
身も世もないような感覚に駆られる。
全身に震えが来た。
そこまで来たら後は耳からの誘惑に流されるばかりだった。
何度も何度も繰り返される己(おの)が名は、アルベルトの鼓膜にはこれ以上はないほど甘美に響いた。
呼ばれる度に脈拍が早くなっていくのだ。
そしてそれが肉の悦びに直結する。
快楽を追う手や指のリズムもそれに同調した。
ことに先端の窪みを擦る指は、もう己のものではないかのように蠢きアルベルトを翻弄する。
それがアルベルトを確実に追い詰めていった。
「はぁっ、はぁ、はぁ……」
愉悦を求めながらも、頭の隅にある気付かれまいとする思いのせいで、呼吸が苦しくなっていった。
だが、そんな苦痛はこのアブノーマルな快感の前では何の障害でもなかった。
「あ……んっ……アル……好き……だっ。アル……」
殺し文句を吐かれてしまった。
それは凡百の言葉よりも強く激しくアルベルトの精神を揺さぶった。
心と躯が完全に一致している今、そのことはアルベルトを更に高みへと導いた。
限界が近い。
アルベルトは頂点を求めて、蜜壺の口を指の腹でごしごしと刺激した。
くぷくぷと音を立てて体液が溢れ出る。
「はぁっ、あ、ああ……」
とうとうアルベルトの唇から喘ぎが零れ落ちてしまった。
だがそれに重ねるように奴も大きく喘いでいた。
「んっ……アルベルト……も、もう……」
奴もまた限界を向かえようとしているらしかった。
「セル……バンテスっ……は、早く……イケっ」
無意識にそう呟き、アルベルトは自身を無我夢中で弄った。
もう心も躯もぐずぐずに蕩けているかのようだった。
恐らく奴の方もそうなのだろう。
喘ぐ声が高く大きくなっている。
「アルベルトっ、アルベルトっ、あ、ああっ!」
それに呼応するようにアルベルトも声を高くした。
「せ、セルバンテスっ、も……イ、ク……」
それが奴の耳に届いたわけでもないだろうが、奴も絶頂を告げる嬌声を上げる。
「アルベルトっ! イクっ……あっ、ああーーーーー!」
それと時を同じくしてアルベルトもまた忘我の彼方へと誘(いざな)われ
「くっ……セルバンテスっ! ああっ! ああーーー!」と、絶叫を上げて失墜した。
少し離れたところにいても、躯を一切繋がずとも、同じ瞬間に同じ悦びを分かち合えたのだ。
それは、とりもなおさず、二人が『盟友』であるという確たる証であろう。
「アルベルト……」
奴はやっと彼の存在に気が付いたようだ。
「……セルバンテス……」
アルベルトにとっては見られてはならぬ現場だが、ことここに至っては、そんなことはどうでも良いことだった。
アルベルトの姿を確認すると奴はけして馬鹿にする風ではなく、むしろ喜びをたたえたようにクスリと笑った。
「……そんなところにいないでさ、しようよ」
アルベルトにその提案を拒む理由はなかった。
そして短く長い『セックス断ち』は終わりを告げた。



おしまい



■コメント■

今回の作品ですが、こちらは、私のとても大切なメール友達H様と、【盟友】萌えメールをやりとりしていたおりに、
「セルバンテスに有効なおしおきってもう『セックス断ち』しかないよねー」と私が言いましたら、H様が、
「そしたらアルベルトの方が我慢できなくなっちゃったり……」と、それはもう、素敵な素敵なことを仰ってくださいました。
そんな美味しいこと言われてそれに喰い付かない私ではありません。
「それで何か一本書いて良い?」と訊ねましたら、H様が快く承諾してくださって、今回のこれが出来上がったというわけです。
18禁は久しぶりで、あまり淫靡になっていないのでは? という杞憂もありますが、みなさんに愉しんでいただけたら幸いです。









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