私は資料室のドアを開けた。
真っ暗な室内からはカビ臭いにおいがする。よほどのことがなければあまり長居はしたくない場所だが、人目を避けるには調度良かった。
「どうぞ」と、私は先に室井さんを中へ入れた。
室井さんは無表情のまま壁にもたれて私を待っていた。
「話というのは何だ」
この人はまだ、青島を信じているのだろうか。いや、訊くまでもないことだった。だが、その信頼関係も今日で終わりだ。私がこれから伝えることを聞けば、室井さんも甘い考えは捨てずにはいられない筈だ。
忌々しい二人の関係を、やっと断ち切ることが出来るのかと思うと、自然に口元が緩む。見ていろ青島、お前の刑事生命もここまでだ。
「室井さん、あなたは自宅に誰も呼んだことがないのに、この前、青島を招いていましたね」
「……そんな話か。私が私生活で誰と付き合おうとお前には関係ないことだ」
室井さんは蔑むような目で私を見ると、くだらない世間話には付き合えぬとでも言いたげに私に背を向けドアノブを掴んだ。
「待って下さい、本題はこれからですよ」
私はドアを押さえ、鍵を掛けた。
「用件を早く言え。お互い暇じゃないんだ」
「そうですね。でも、これは重要なことです」
「……」
「ほとんど人付き合いをしないあなたが、青島とだけは特別な関係にある」
「特別?」
「ええ、理想を共鳴しあい支え合う……庇い合うこともあるかもしれませんね」
微かだったが顔色が変わった。心当たりがあると言うことか。やはりこの人はあいつのためなら何でもするのか。
「仲間同士のもたれ合いが一番無駄なことなんだ。あなたはそれを嫌っていたでしょう!?」
「私生活と仕事を混同するつもりはない。職務に戻れば、私と彼とは別々の人間だ」
「では、私生活では親友……いいえ、それ以上の関係と言うことですか」
「お前にそれを答える義務はないと思うが」
「上層部は、あなたと青島の繋がりを快く思ってません。本気で上に行くつもりなら、友人は選んだ方がいい」
そうとも、青島なんかとは縁を切るべきなんだ。青島が今していることを思えば、キャリアなら誰もがその結論に辿り着く。
「例えばお前のような男と付き合えと言うことか」
本気でそんなこと考えてもいないくせに、室井さんは挑戦的な目で私を見てそう言った。
しかし、そう言っていられるのも今のうちだ。
「青島は私を信じてくれている。お前のような冷徹な男にはわからないだろうが、人間には感情があるんだ。彼がそれを思い出させてくれた」
「青島を信じているんですね」
「ああ」
「これを聴いても?」
私はポケットから携帯用レコーダーを出して再生ボタンを押した。
『逃走犯が刑事課に来たぁ!?』
いきなり間抜けな袴田の声が飛び出した。
それを聴いて室井さんの眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
『間違いないと思います』
青島の声だ。
『自首してきたのか』
これは秋山とかいうハゲの副署長の声だろう。
『なら、なんで帰っちゃったの?』
気弱で無知そうな声。神田だろう。ここの上層部はバカばかりだ。
『……すみれさんを探してたそうです……』
『恩田くんを?』
私はそこでテープを止めた。
「被疑者は、恩田刑事と接触を図ったんです。この報告は本部に上がってきてません。一切何も」 
「……」
相変わらずの無表情だが、ショックを受けていることは確かだ。それはそうだろう。信じていた者に裏切られたのだから。しかし、私に言わせてもらえば、青島なんかを信じることが、そもそも間違っているのだ。
「わかったでしょ。あなたが誰を信じているのか知らないが……こんなものですよ、所轄のやることは」
勝った。と私は思った。計画通りだ。しかし、とどめを刺すのはこれからだ。
悔しいが二人の関係を完全に断ち切るためには、これだけではまだまだ手緩い。
「……」
意を決したような表情で黙って立ち去ろうとする室井さんを、私は進行方向の壁に手をついて押し留めた。
「! まだ何か話があるのか」
私は薄く笑って室井さんの肩を掴んだ。
そして、力まかせに壁に押しつけた。振動で横の棚に積んであった資料が二、三冊降ってきたが、構わず壁についていた方の手で彼の顎を掴む。
「な……」
やや、狼狽している彼の唇を無理矢理塞いだ。
「う……」
唇を重ねたまま彼のネクタイを緩める。
「よせっ!」と、室井さんは私を突き飛ばした。
だが、逃しはしない。会議室での勤務がほとんどでも、こちらも警察官だ。私は室井さんの腕を掴んで後ろ手にねじ上げた。そのまま資料棚に押しつける。そして、手錠で彼の右腕を棚の支柱に戒めた。腕力では私は体育会系のこの人にはかなわない。ここまで来て逃げられては興ざめだ。些か無粋ではあるが、手錠はいたしかたないだろう。
「何のつもりだ!?」
「わかりきったことを訊かないで下さい」
私は後ろから室井さんを抱き、ネクタイを取り去った。
「馬鹿な真似はやめろ」
室井さんは身を捩って抗った。
「暴れると高いスーツが破れますよ」
強姦の事実が発覚すれば困るのは室井さんだ。そのことは誰よりも彼自身が一番良く知っているだろう。
室井さんは悔しげに歯を食いしばると、諦めたようにおとなしくなった。
「……抵抗しなければ乱暴にはしませんよ。あなたの狂態を他人(ひと)に知られて困るのは私も同じですからね」
私は室井さんの衣服のボタンを上から順にはずしながら、耳たぶを噛み首筋へと舌を這わせた。
「……」
室井さんは堅く瞳を閉じ眉を寄せる。
私は、はだけたシャツの隙間から指を滑り込ませた。そして、彼の鍛えられた大胸筋の形を指でなぞる。
「く……」
食いしばった歯の隙間から小さなうめき声が漏れる。
その仕草が私を残忍な気持ちにさせた。
彼が憎いわけではない。イライラするだけだ。この感情がどこから来るものなのかはわからない。ただ、彼を見ていると時々、ずたずたに引き裂いてやりたいという欲望が沸き上がってくることがあるのだ。
私は彼のベルトに手を掛けた。
「!」
彼は身を強張らせた。
しかし私は構わずスラックスのファスナーを下ろし、下着の中へ手を入れた。
指先が彼のペニスに触れる。私はためらわずにそれを掴んだ。
ゆっくり指を前後に動かすと、それに呼応するように堅く起きあがってくる。
私はその時初めて自分が笑っていたことに気が付いた。
ひどく残虐な気分だった。
今まで築き上げた名誉もキャリアも全てなげうってもいい。この人を跪かせることが出来れば。
「声は上げないんですね……青島に対する義理立てですか?」
「か、彼は……関係ないっ……う……」
嘘だ。私に組み敷かれていても、いや、そうであればこそ尚更この人は青島のことを考えずにはいられまい。
「あいつはあなたを裏切った。あなたがあいつを想う必要はもうないんだ」
私は室井さんのスラックスを下ろし彼を貫いた。
「くっ……ああ……」
室井さんはうわずった声を上げる。
「それでいいんですよ。自分の欲望に素直になりなさい」
私はペニスをしごく手は休めず腰を律動させた。
「は……ああっ」
吐息に混じる歓喜の声は私を欲情させた。
「室井さん……」
「あ……ああ……」
彼のペニスは勃ちきって先端からカウパー氏腺液が溢れ出していた。
「あ……青島っ……」
「!」
私は耳を疑った。
この期に及んでまだ奴の名を……。そんなにあいつがいいのか。あなたの気持ちも知らず平気で裏切るようなあんな男が。
絶対に引き裂いてやる、あなたたち二人を。
それがあなたのためなんだ。
  









To Be Continued(大嘘)

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