一月二日の夜。真夜中と言って良い時刻だった。
深い眠りについていたアルベルトは、誰かがベッドに潜り込んできた気配を感じて目を覚ました。
背中を向けたままでいても相手は判る。
天下の衝撃のアルベルトに対して、こんな不届きな真似をする者は、この世に一人しかいない。
彼の不肖の盟友(とも)、眩惑のセルバンテスだ。
そしてそれはすぐに正解だと判明した。
「ねぇ、『姫初め』しようよ」
耳元で艶を含んで熱く囁かれたからだ。
ぞくりとアルベルトの背筋を何かが駆け昇った。
──くそっ。
アルベルトは心の中で舌打ちをした。
こいつに慣らされた躯は、アルベルトの意志とは無関係に、たったこれだけのことで反応してしまうのだ。それがアルベルトの高いプライドを灼く。
悔しさにアルベルトは無関心を決め込むことにした。
返事はしない。体も動かさなかった。
相手にしなければいいのだ。
奴の思い通りにさえならなければ……。
すると奴はそれに焦れたのか、背後から抱きしめるように腕を回すと、こりと全裸のアルベルトの胸の突起を摘んできた。
「っ」
声が上がりそうになるのを、寸手のところで押さえ込む。
しかし躯は彼を裏切った。
奴の指の中で摘まれたそこは、奴の指の中でぷっくりと膨らんでいったのだ。
「ふふ……」
奴の含み笑いが聞こえる。
そうとう得意げな顔をしているのだろう。
図に乗った奴は、首筋にべろりと舌を這わせてきた。
そしてそのまま耳に辿り着くと、その孔に尖らせた舌をねじ込んで来るではないか。
びくんとアルベルトの躯が痙攣した。
正直耳は弱いのだ。
むろん奴はそれを知った上でのことだろう。
反応しないことを決めたアルベルトを煽るように、しつこく耳ばかりを責めてくるのだから。
その間も、胸の頂を弄る手は止まってはいなかった。
摘んだり、指の腹で転がしたりと、小器用に良く動く。
それに比例してそこは朱く色づき疼きを訴えた。
それでもアルベルトは襲い来る快楽に耐え、けして振り返りはしなかった。
こんな風に奴の勝手で躯を重ねることは何度もあったというのに、今日だけは従う気になれないのだ。それが何故なのかは判らない。判らないままにアルベルトは意地を通していた。
「……顔が見たいよ……」
懇願するように声が響く。
だがそう願われれば願われるほど、意固地になっていく自分がいる。
アルベルトは枕に埋めるようにして奴から顔を隠した。
「君は知らないんだね。そういう反応が、私を熱くするって」
何を言うのだ。知らないわけがない。どれほどの夜を共にしたと思っているのか。
けれども、奴の手管に熱く火照っていく頬を見られることは、屈辱でしかなかったのだ。
気が付くと奴の手は、今まで執拗に嬲っていた膨らみを離れ、彼の逞しい胸筋をなぞり脇腹へと進み、更には形の良い大臀筋を撫で摩り、そうしてとうとう内腿へと辿り着いた。
奴の辿った軌跡がじんじんと疼く。
その感覚も冷めやらぬというのに、奴の手は、焦らすようにゆっくりねっとりと内腿ばかりを愛撫する。
それは確実にアルベルトを追い詰めた。
条件反射的に触れられたいと強請る場所が、奴の思惑通りに徐々に勃ち上がりつつあったのだ。
「君は本当に嘘つきだ。こんなに躯を熱くして私を欲しがっているのに」
淫らな科白に煽られる。
アルベルトの躯は、今や彼の思いを離れ、奴のくれるであろう悦楽を求めて震えていた。
全身が熱い。
その熱は背中から奴に伝わっていることだろう。
そう思うと羞恥でカッと頭に血が上った。と、同時に奴が触れようとしない場所が脈打ちながら膨張していく。
心と躯の二律背反がアルベルトを困惑に陥れる。
横になっているというのに目眩がした。
「……欲しいって言ってよ」
低く甘い声が耳から彼を犯した。
アルベルトは吐き出しそうになる欲望の声を、枕に顔を埋めたまま必死で噛み殺した。
「声も聞かせてくれないのかい。淋しいなぁ」
そう言って奴は、はむと耳朶を甘く噛んだ。
焦らせれたあげく弱い場所を責められ、アルベルトの雄の証が腹に付くほどにまで反り返った。
奴はそれに気付いたらしく、
「……素晴らしい……」と感嘆の声を上げた。
羞恥はいや増すばかりだった。
「ここを触って欲しいだろう?」
アルベルトは頭を左右に振って拒絶を伝えた。
「嘘ばっかり」
奴はそう呟き、内腿に這わせた手を、するすると足の付け根に向かって動かした。
触れられる。そう覚悟を決めた。
しかし手は関節部分のへこんだところを、指先で外から内、内から外へとなぞるばかりだった。
触られる場所が近くなったことから、肉の欲が増し躯が啼き喚き始めた。
とっくにアルベルトの意志を離れた下半身は、直接的な刺激を求めて両足を擦り合わせるようにもじもじと動き、片時もじっとしていられなくなっていた。
「ははっ……躯は正直だ」
焦らすことに満足したのか、奴の指が砲身の下に蟠(わだかま)る宝玉の一つをつんと突いた。
「ひっ、あっ」
突然の衝撃に、枕から顔を上げ、とうとう声を発してしまった。
「やっと、声を聞かせてくれたね」
奴は、優しい声音でそう言うと、アルベルトの頤(おとがい)に手を添え唇を奪った。
閉じているところをこじ開けて舌が進入してくる。それが生き物のようにアルベルトのそれを絡め取り吸い上げた。
頭の芯が痺れていく。
羞恥や矜持の枷が外れていくのが判った。
──いかん……。
そう思ったのだが歯止めが効かない。
アルベルトは側臥位だった体位を変え、奴に向き合いその頬に両手をかけた。
そして今度は彼の方からくちづけ、口腔内を貪るように蹂躙した。
唇は何度も角度を変え付いては離れ離れては付きを繰り返す。
その度起こる蜜の交換で、二人の口の端は淫らに濡れて光っていた。
満足したアルベルトが唇を離すと、間髪を入れず奴は彼を強く抱きしめた。
また顔が見えなくなった。
だが、躯はぴったりと密着している。
何の不満もない。
ところが奴の方はそうではなかったらしい。
「もっと悦くしてあげるよ……」
抱きしめたままそう囁く。
それから自分の足を、アルベルトの足と足の間に滑り込ませた。
膝を曲げ腿をアルベルトの股間に擦りつける。
「なっ!?」
突然の蛮行に目を見開くアルベルトを他所に奴は信じられないことを囁いた。
「自分で動いてごらん」
あれだけ行為に積極的になることを拒み続けていたというのに、奴の声はいつも以上に蠱惑的で逆らうことが出来なかった。
アルベルトは恐る恐る腰を動かした。
「くっ、ああっ!」
ほんの少し動いただけだというのに、怖ろしいほどの快感がアルベルトの猛りを襲った。
アルベルトは我を忘れ夢中で腰を振った。
「すごい……感動だよ。こんな君が見られるだなんて……」
奴の戯言(たわごと)は耳には入ってこなかった。
それほどに強い快楽だったのだ。
腰が抜けるのではないかと感じたが、そんなことには構わず昂ぶりを腿に擦りつけ続けた。
こんなことはアルベルトにとっては、有り得ないほど変態的な行為だ。
しかし背徳は情欲を高める最高の調味料だったようだ。
──欲しい、欲しい、欲しい……。
脳裏はそれ一色に染め変えられた。
今まで意味もなく我慢し続けたことが、アルベルトの感覚をより鋭敏にしているのかもしれない。
先端の小さな孔から嘘のように先走りが溢れ出し、自分自身も奴の腿もびしょびしょにしている。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
息が上がって過呼吸に陥りそうだった。
それでも腰は止まらなかった。
──ああ……死んでしまいそうだ……。
そんなことを思っていることさえ気付かないほど、アルベルトは今、快感を追うことだけに溺れていた。
「……いいよ、アルベルト……君は素敵だ……」
「うぁっ!」
不意に奴の方から腿を更にペニスに強く当たるように動かされ快楽が増した。
アルベルトは無意識に奴の肩口に噛み付いていた。
背に回した手は、がりりと爪を立てる。
──たまらん……。早、く……。
絶頂を迎えたい欲に背中を押され、両足で強く奴の腿を挟み小刻みに腰を振って欲望を擦りつけた。
「素直な君は大好きだよ……」
愛の睦言を囁きつつ、奴は今度は自分の腿を前後に動かし、アルベルトの快感を煽った。
アルベルトが自ら腰を振るよりも巧みな動きだった。
「ああっ! あっ、あっ、ああ……」
もう声を殺すことに何の意味もなかった。
「セル、バンテス……もう……イキ、た……」
「ああ。いいよ。イキたまえ……」
そう言って奴は、先程よりも激しくアルベルトを揺さぶった。
歓喜の瞬間(とき)がきた。
アルベルトの動きと奴の動きが同調し相乗効果をもたらす。
そしてアルベルトは嘗て味わったことがないような大きな波に飲まれ、堪えていたすべてのものを吐き出し自失した。
射してしまうと急速に熱は冷めていき、はっと我に返った。
するともう奴の姿はどこにもなかった。
つい先程まで奴を抱きしめていたはずの腕の中は空っぽだった。
奴にテレポート能力はない。
ということは……。
「夢……だったというのか……」
だが、ベッドには射精の跡が確かに残っていた。
「!」
アルベルトは愕然とした。
この年齢になって夢精とは。しかもそのソースは忌まわしき眩惑のセルバンテス。
そのうえ今晩は一月二日だ。
初夢のカウントがなされる日ではないか。
こんなものが正夢になってたまるものか。
「ええい! 逆夢にしてくれるわっ!!」
アルベルトは手早く身支度を整えると、勢い良く玄関のドアを開け、足早に奴の元へ向かう。
正しい『姫初め』のゴングが鳴ったのだった。



おしまい



■コメント■

twitterに「一月一日から『姫初め』をさせるのは縁起が悪い」といった内容のつぶやきがありましたので、この年の盟友の『姫初め』は一月二日と相成りました。

タイトルの『長き夜の』は『なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな』(長き夜の 遠の睡(ねむ)りの 皆目醒(めざ)め 波乗り船の 音の良きかな)から取りました。

それから、この【盟友】は、まだかなり若いかと……。
でないといくらなんでも『夢精』はねぇ……(汗)
つか、そもそも『夢オチ』が……(大汗)
マンガの神様に怒られちゃう。
でも、がんばって書きました。
みなさんに愉しんでいただけると嬉しいです。









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