ワシを温泉につれていけ


「んっ……くっ……はぁっ……」
局部を熱いもので包まれる感覚に伴い、背筋を這い上る官能の痺れに、アルベルトは甘い声を上げ目を覚ました。
見ると、盟友、眩惑のセルバンテスがまるで当たり前のような顔をして、口で奉仕を続けている。
「なっ!?」
目覚めたばかりのはっきりしない頭で、現状が上手く飲み込めない。一体何がどうなっているというのか。
考えようとしても奴の舌技は巧みで、声を殺すことだけで精一杯だった。
プライベートでアルベルトと二人きりの時には、愚にもつかぬことで狼狽することが多い、俗にいう『ヘタレ』だというのに、セックスでイニシアチブを取ると途端に豹変する。
今も十傑集最強と謳われる衝撃のアルベルトを、抵抗が出来ないほどの快楽に陥れているのだ。
アルベルトはせめて恥だけは晒すまいと唇を噛みしめた。
するとセルバンテスの口がその場所から一端離れた。
「くっ……何故、やめ……」
失言だと気付いたが時すでに遅く、奴が舌なめずりをし、ニンマリ顔でこっちを見ている。
そして、アルベルトが羞恥を感じるよりも前に、
「まあまあまあ。待ちたまえ。もっとイイコトをしてあげるから」と不穏なことを宣(のたま)う。
それから、勃ちきって怒張する竿の根本にわだかまる宝玉の片方に、尖らせた舌を這わせ始めた。その尖った熱は、つつつ……と細鞘の裏に移動し、そのまま筋を突くように先端の鈴口まで舐め上げる。
それを何度となく繰り返されると、そのこそばゆいようなむず痒いような疼きに焦れて、アルベルトの反り返った欲望は、先端から蜜を滴らせて悦びに震えた。
最早アルベルトの下半身は、片時もじっとしていることが出来ず、彼は両足をずりずりともどかしげに動かした。
そのせいで、身に纏っていた浴衣はもう『着ている』とは言い難いほどに乱れ──
──そうだ。アルベルトは浴衣を着ている。それは何故か?
快楽に霞のかかりきった頭で、彼はその理由(わけ)を思い出した。
ここはセルバンテスが、所有するいくつかの温泉施設の一つだ。
「最っ高に気持ちよくなれる温泉を掘り当てたんだ。その施設が昨日完成してね。君を第一号の客人として迎えたい。来てくれるだろう?」
温泉などに行けば、当然、セルバンテスと一緒に入浴することになるだろう。そんなことは端(はな)から判っていた。そうなれば、ただ湯に浸かるだけでは済まないことも……。
魔が差したのだ。
アルベルトは風呂が嫌いな方ではない。否、もっと積極的に好きだと言って良い。それが『温泉』となれば、その魅力は格段である。
誘われて熟考し、彼は是と答えた。何もかもを覚悟して。
ところがセルバンテスは一緒に入りこそし、じゃれて抱きついたりアルベルトにバシャバシャと子供のように湯をかけたりはしたものの、純粋に温泉を楽しむだけで、いかがわしい真似は何一つしようとしてこなかった。
そのおかげで、乾式サウナ、ミストサウナ、塩サウナ、水風呂、大浴槽、電気風呂にジャグジーバス、ホットベンチ、足湯に寝湯、岩盤浴にセルバンテス触れ込みの最高に気持ちよくなれる温泉の露天風呂と、十はある各種の風呂を満喫出来た。
珍しいこともあるものだとは思ったが、戦闘の後に待っている残務処理による抜けきらない疲れが取れるのであれば言うことはない。
そうなのだ。ここ最近、出撃しても闘う相手は雑魚ばかりで、体は常に不完全燃焼気味だった。しかもその為なのか事務処理もセルバンテスだけでは追い着かないほどの量だった。
鍛え上げた肉体を持つアルベルトは戦闘で疲れが残るなどということは有り得ないが、デスクワークとなると話は別だ。目は疲れるし肩は凝るしうっとうしいことこの上ない。それがここ一月ばかりずっと続いていたのだ。
だからなのだろう。奴が彼を温泉に招待したのは。少なくともアルベルトはそう解釈した。
そしてそれは予想どおり……いや、それ以上の効果を上げた。
今アルベルトは心底良い気分だった。
セルバンテスもアルベルトが満足していることを喜んでいるのか、掛け値なしの微笑みを浮かべている。
「気持ち良かったろう? 自慢の温泉なんだ」
「ああ。言うだけのことはある。命の洗濯をした気分だ。うむ、悪くない」
アルベルトは彼にしては珍しく素直に褒め称えた。
そのことに気を良くしたらしいセルバンテスは、
「じゃ、そこのマットに俯せになって。もっと気持ちいいコトしてあげるから」と薦めた。
そら来た!
アルベルトは瞬時に身構えた。
覚悟はしてきた。だが、今のこの気分の良さを阻害されたくないというのが正直なところだ。
が、奴の思惑はそうではないようだった。
「違う、違う。マッサージ。マッサージするだけだよ〜。何期待してるの? もう、アルベルトったらエッチなんだからぁ」
「阿呆かっ! 誰が期待などするかっ!!」
怒りのせいで疲れがぶり返した気分になってしまった。
百パーセント信用したわけではないが、アルベルトは渋々という態でマットに俯せになった。
「いいか。マッサージだけだぞ。それ以外のことをすれば殺す!」
「しないしない。今はまだね」
「何?」
「なんでもないよ〜。はいはい、体の力抜いて〜。リラックスリラックス」
若干の警戒心を残しつつもアルベルトはその身をセルバンテスに委ねた。
すると奴はアルベルトの腿の辺りに跨って、両手の親指でぐっと強く腰のツボを押してきた。
「うぁっ!」
我知らず声が漏れる。
痛気持ちいいとでもいうのだろうか。押される度にその感覚が湧き起こる。
指は脊椎を挟んで、そこから徐々に上へ上がってきた。
そうして肩胛骨の間を押されたときに、
「くっ……ああっ!」と嬌声にも似た声を上げてしまった。
効く。もの凄く効いているのだ。羞恥を感じても声が抑えられない。
「ね。気持ちいいだろう」
得意げな奴の声にも荒い息でしか応えられない。
「真っ直ぐで綺麗な背骨してるけど、筋肉はずいぶん固まってるね。ほら、ココ、感じるだろう?」
「あああっ! くそっ! はぁはぁ……いかがわしい……言い方をするなっ! 貴様……こんな技、どこで憶えてきた?」
「あれ? 言ったことなかったっけ? 私は整体師の免許持ってるよ」
──いつの間にそんな資格を取ったのだ? しかも、何のために?
アルベルトの疑問も余所に、セルバンテスは更に行為を進めてきた。
アルベルトの奴の言うところの『感じる部分』を肘に体重をかけてぐりぐりと押してきたのだ。
「あっああ……」
さっき押されたときは痛いという感覚の方が強かったというのに、それがだんだん快感に変わってきている。
「うっ……うう」
アルベルトは顎を反らせて快楽に呻いた。
──い、イカン……。このままでは落ちてしまう。
この感覚は、何処か性交でイカされる感じに似ている気がした。
しかし、心地よさは強烈で「やめろ」と言うことが出来ない。
「ふふふ……。すごくイイみたいだね」
肘で押す動作から今は拳でのそれへ変えたセルバンテスが、淫猥な声で耳元で囁いても、怒りも湧いてこない。それほどに悦かったのだ。
「ああ……。セル、バンテス……もっと、強く……」
鋼鉄の意志を持つアルベルトに、ほとんど皆無に近い先をねだる言葉を吐かせて、セルバンテスはこれ以上ないほど満足しているようだった。アルベルトからは見ることが出来ないが、獲物を前にした毒蛇のようないやらしい笑みに満ちていたのだから。
ところが、セルバンテスはそれほどまでにアルベルトを感じさせる行為を不意に止めてしまった。
「お、おい。やめるな。続けろ」
これまた絶対に聞くことなど出来ない台詞を口にしたというのに、奴はにべもなく言ってのけた。
「ダ〜メ。もうずいぶん筋肉が解れてきたから、これ以上はなし」
「なんでだ? 焦らせるな」
ことがセックスではないためアルベルトも言うことが大胆になっている。
「べつに焦らしてるつもりはないよ。もうずいぶん筋肉が解れてきたからね。一遍にこれ以上やったら熱を持ってしまう」
「ワシはそんな柔な体ではないわ」
「まあまあ。整体師の言うことは素直に聞きたまえ。ここから先は優し〜く、し、て、あ、げ、る」
奴は語尾にハートマークでも付いているかのように言い、本人はイケていると思っているらしいウィンクをよこした。
せっかく疲れが取れてきたというのにクラクラする。行為を続けられなくても熱が出そうだ。
「さあて。じゃ、仕上げに入りましょうかね。上、ちょっと背中が全部見えるまで脱いでくれる?」
──はぁ? やはり碌でもないことを……。
アルベルトの思いが当たったのか、奴はどこから出したのか両掌にローションのような物を馴染ませている。
「貴様! どさくさに紛れて……」
「え? 何誤解してるのかね? これはアロマオイルだよ。良い匂いするだろ。あれ? それともシテ欲しかった? だったら私はいつでもドンと来いだよ〜」
「ばっ、馬鹿者! そんなわけがあるかっ!! 貴様がいちいち紛らわしいのだ。日頃の行いも、ことごとく悪いしな」
アルベルトは誤解したことを僅かに恥じて、ふいと奴から視線を逸らし、促されたように上半身を全部はだけてみせた。それから再びマットに俯せになった。
すると奴は、両手のアロマオイルをアルベルトの背中に塗り拡げていき、宣言どおり優し〜く丁寧に撫で始めた。
アロマの良い香りが鼻孔をくすぐる。
撫でられる背中も全ての緊張が解れていくようだった。
先程までの、やや荒っぽい行為も、それはそれで良かったが、この行為はまた格段に心地が良かった。
プロの整体師の技とはこれほどのものなのかと舌を巻く。
これなら、たまにはさせてやっても良いなと思う。もちろん、マッサージのことだ。けしてそれ以外の行為のことではない。
「まったく……君ってば口が悪いよね。私がこんなに愛情込めて尽くしてるっていうのにさ。ホント、つれないんだから。まあ、確かに行いの悪さは反省しないでもないけど……。もう少し私を信用してくれてもだねぇ……」
なにやら遠くで奴がぶつくさ文句をたれているのが聞こえる。だが、アルベルトの頭は薄い霞がかかり始めていた。
アロマの成分と優しい愛撫でα波が出ているらしい。
「……五月蠅い……黙れ……」と言ったような気もするが、それはどうやら意味をなした音声にはなっていなかったようだ。
「アルベルト。アルベルト? 眠っちゃったのかい?」と、奴が呼びかけているように感じたからだ。しかしそれも夢うつつで、本当にそう声をかけられたのかも怪しい状態だ。
そしてアルベルトは、そのまま夢魔に彼岸へ誘(いざな)われてしまった。
……で、目が覚めたら、この有様だったのだ。
アルベルトの怒りはいかばかりだったろう。とても筆舌に尽くしがたい。
だが、セルバンテスの口淫は、それさえも押し流すほどに淫猥だった。
勝手知ったる何とやらで、アルベルトの弱いところばかりを、粘着質に責めてくるのだから堪らない。
「セ……バン、テスッ……やめ……ろ……」
ようようそう口走るのが精一杯だ。
言われたことに従ったわけでもないのだろうが、奴は一端アルベルト自身を、そのいやらしい口から解放した。
「ああ……」
気持ちとは裏腹に行為の先を強請る喘ぎが漏れた。
その様子に奴はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて言い放つ。
「ほら。やめないで欲しいんだろう。素直になりたまえよ」
「違っ……」
「なにが違うのかね? ココをこんなにびしょびしょにして言うことかい?」
言葉で嬲られ羞恥に耳が染まった。
それは奴を増長させたらしい。
嬉しそうに含み笑いをしながら更に糾弾してくる。
「だいたい君が悪いんだよ。ホントはリラックスして喜んでもらうだけのつもりだったのにさ」
「くっ……ふ、う……」
──嘘をつけ!
そう言いたいのに、放っておかれたままの怒張が、先の刺激を求め震え言葉が満足に紡げない。
「君が爆睡しちゃったから、俯せじゃなんだろうと思って、体勢を変えたら君……パンツ穿いてないんだもの。そりゃあ、もう、『して下さい』ってことだと思うじゃないかね」
何という言い草だろうか。都合の良い解釈にもほどがある。だいたいそもそも、アルベルトが下着の類を身に付けないのは今に始まったことではないではないか。
「と、いうわけだから、続きをします。そのままじゃ、君も辛いだろうしね」
そう言って奴は、再びアルベルトの欲の丈を口いっぱいに頬張った。
求めていた刺激を得たそこは更に膨張し、最早破裂寸前だった。
「んっ……ふ、んぁ……」
快楽に、鼻から抜けるような甘えた声が漏れる。
カッと頭に血が上ったが、先程までのマッサージで、快楽を受け入れることに従順になってしまった躯は、悔しいかなもう奴のいいなりで抵抗する術はなかった。
「ぷはっ」
怒張しすぎて含みきれなくなったアルベルトのそれが、奴の声と共に吐き出された。だが奴は間髪入れず、最初同様舌先を尖らせて溢れて止まらぬアルベルトの雫を吸い取るように裏筋を先端へ向かって舐め上げた。
そして、先端に辿り着くと、今やくぷくぷと音を立てて涙を溢れさせ続ける孔をチロチロと責め立てた。
「あ、あ、ああ……」
もう快楽意外何も感じない。早く全てを吐き出したい。
アルベルトはついに理性を手放した。
ずっと自由だった両手で、セルバンテスのやわらかな金糸の短髪をくしゃりと掴み、より悦くなれるよう自ら腰を振る。
「せ、セルバンテス……も、もう……早、くっ……」
「ん」
承知したというように、セルバンテスは竿の部分に手を添え緩く扱き、括れた部分までだけを口に含んで、ちゅうと吸い上げた。
「あああああっ!」
背筋を嘗てないほどの電流が走る。
アルベルトは、びくりびくりと全身を痙攣させ、奴の口腔内に溜まっていた白濁した欲の雫の全てを迸らせ、そのまま、すうと再び夢魔の彼岸へ堕ちていった。
遠のく意識の淵で優しい優しい白い悪魔の囁きが聞こえていた。
「おやすみ。アルベルト」



                                                           おしまい



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