「は……く……」
 柔らかい肉厚の唇に包まれて吐息が漏れた。
 中は熱く濡れそぼり、一瞬で五感が熔け出しそうになる。
 それだけでも達してしまうかというほどの快楽に襲われているのに、更にそこに舌が絡みつき追いつめられていく。
 イってしまいたい……。
 でも、まだ、このままで……。
 両極の欲で官能はいや増すばかりだった。
 固く閉じられた眦から生理的な涙がじわりと溢れる。
 同時に快楽にうち震える先端からも蜜が溢れていた。
 舌がその滴をぬぐい取る。
 とたん、痺れるほどの深い快感が末梢神経まで伝わり、頭の中が真っ白になった。
 「っぁ……」
 思わず上がりそうになった甘い声を、両手で口を押さえて押し止めた。
 だが、その手をゆっくり口から離される。
 それとともに唇が快楽を求める場所から離れ、耳元に寄せられた。
 「声、聞かせてくれるんですよね、もちろん」
 それは甘く低く囁く。
 普段の行いを考えれば、返す言葉もない。
 ただ決まりの悪い表情をするだけだ。
 それでも性急に追い上げられてしまった気恥ずかしさから、愚痴がこぼれた。
 「仕返し……か?」
 「まさか。そんなつもりありませんよ、ぜんぜん」
 言葉とは裏腹に声は意地の悪い響きを伴っていた。
 そして甘く耳を噛み、耳朶に熱い吐息をかけられた。
 ゾクリと背筋を総毛立つような愉悦が走る。
 我知らずびくりと躯が反応した。
 「……ここ、弱いみたいですね」
 そう嬉しそうにされると、悔しいが、どうにでもしてくれという気分になる。
 事実、躯は終わりを向かえたくてどうにもならなくなっている。
 「……も……焦らさないで……くれ……」
 「焦らしてなんかいませんよ。ゆっくり楽しみたいだけです」
 囁きは媚薬のように意識を支配し侵していくようだった。
 「……いや……だ……はや、く……」
 懇願を無視して、くすくすと小さく笑いながら、形の良い指が胸を辿っていく。
 指先が堅くなりつつある突起に触れた。
 「あっ」
 疼くような快楽に甘い声を上げてしまっていた。
 鋭敏になった皮膚はその僅かな刺激も快楽にすり替え、欲望が抑えきれなくなった。
 「もう、いいかげんに……」
 気が付くと肩を掴みベッドに押し倒してしまっていた。
 「あ……」
 罪悪感から視線を逸らすと、可笑しくてたまらないというような忍び笑いが聞こえてきた。
 「堪え性がないな。もう降参なんですか?」
 悔しい。
 確かにあっという間に臨界点まで連れて行かれたことは否定しない。
 が、それは、けっして青いからでも、手管が足りないからでもない。
 普段と違う積極性に虚を突かれたというだけだ。
 だが、形勢が不利であることは間違いない。
 うっかりすると、このまま好きにされてしまいかねない状況だ。
 このままじゃ、まずい……。
 嬉しい誤算に緩みかけていた表情を引き締め直し、勝ち誇った笑みを睨み返した。
 「まさか。まだ、ゲームは始まったばかり……だろ」





 上から見下ろす顔は、もういつもの余裕を取り戻しているようだった。
 イニシアチブはこっちが握っていると思っていたのに……。
 毎度のことながら、この立ち直りの早さには感服する。
 しかし、負けるわけにはいかない。
 さっきまでの余韻で、まだ硬度と角度をを保ち続けている場所に触れてやった。
 組み臥されてしまった以上、口でするのはもう無理だった。だが、指でも充分追いつめることは可能だ。
 何度も躯を重ねた経験から弱いところは知りつくしている。
 手の中に収まった力強い猛りをやんわりと握りしめると、
 「あっ……」と小さな喘ぎが聞こえた。
 同時に、指から逃れようと腰が引かれる。
 そうはさせるものかと、空いている方の腕を腰に回し抱き寄せた。
 躯が密着したことで、昂ぶりを視覚で捕らえることは出来なくなったが、その程度のことは何のハンディでもない。
 絡めた指を上下に動かしながら、たぶん好きなんだろうなと思う声で挑撥する。
 「……気持ちイイ……でしょう……」
 「……う、うん……」
 陶酔しきった表情でそう答えられると、心の中でガッツポーズをしている自分に気が付く。
 やった、技あり!
 が、勝負を思い出したのか、相手は急に我に返って、
 「い、いや、まだまだ、ぜんぜん!」と快感を否定する。
 けれども掠れた声は、それがただの強がりでしかないことを如実に物語っていた。
 「往生際、悪いですね……」
 緩急をつけて摩擦を繰り返しながら、腰に回した手を形の良い尻へと滑らせていく。
 そこを愛撫したことはあまりなかった。
 程良い弾力を持つ隆起は、掌にしっくりと収まって撫でているだけでも心地がいい。
 目の前の意地っ張りが、いつも好んで尻を撫でたがるのはこのためかと納得する。
 そうなると次に来るのは好奇心だった。
 円を描くように滑らせていた手の指先で谷間をなぞる。そして探り当てた蕾にそれを潜り込ませようと力を込めた。
 「えっ!?」
 とたん、快感に酔いしれていたはずの恋人が、すごい勢いで身を起こした。
 「ちょっ……一体、何を……」
 信じられないという面もちで見つめられる。
 なんでそんな顔をするんだろう。
 自分はしてもいいのに、されるのはイヤだということか。
 なんて自分勝手なんだ。
 「アンタが、いつもしてることですよ」
 快くしてやろうというのにという気持ちを込めて言い放つ。
 と、もごもごと言い訳じみた言葉が返ってきた。
 「い、いや……それは……そうなんだ……が……その……今のは……ちょっと……」
 普段はなんでも過ぎるほど、はっきりきっぱり強気の発言をするくせに、なんなのだろう、この煮えきらなさは。
 「ちょっと、何なんですか?」
 やや強く答えを促すと、俯いて蚊の鳴くような声で、
 「……ったから……」と言う。
 聞き取れず、
 「は?」と訊き返すと、今度は反対にやたら大きな声で、
 「痛かったんだよ!!」と怒鳴られた。





 痛かった。かなり……いや、ものすごく。
 突然のことで驚いたという気持ちの方が大きかったが、痛かったのは事実だった。
 いつもしていることを考えると、責められる立場ではないことは百も承知していた。だから、出来れば言いたくはなかった。
 だが痛いものは痛いのだ。
 つい声を荒げてしまった気恥ずかしさから、言い訳がましくぐるぐるとそんなことを考えていると、向こうはいつの間にか正座してやけに真摯な表情でこちらを見ているではないか。
 そして……
 「すいませんでした」

 なにぃ! ど、土下座!?

 誠実なことは知っていた。しかし、何もここまでしなくとも。
 だいたい、そんなに申し訳ながられなければならないようなことはされてはいない。
 そんな風にされると逆に何だかこちらの方が恐縮してしまう。
 「いや、あの……吃驚しただけだから……」
 宥めるように、頭を下げたままの肩にそっと手を乗せると、恐る恐る顔を上げ、神妙な表情で問うてくる。
 「……怒ってない……んですか?」
 その仕草は、小動物のように愛らしく、庇護欲をくすぐられた。
 う……、か、可愛い……。食べてしまいたい。
 そんなことを思っているなど、怒らせることはわかっているので、口が裂けても言えはしないのだが。
 しかし、湧き上がるときめきは止められず、思わずぎゅうっと抱きしめていた。
 「もう、怒ってないから」
 優しく耳元で囁いてやると、それがくすぐったいのか、首を竦めながら
 「でも……痛かった、でしょう……」と、まだ悔いている。
 なんてかわいいんだ……もう勝負なんかどうでも……。
 あ……、そうだった。ゲームをしていたんだ。
 しかもこちらはかなり押され気味だった。
 そして、口振りからすると、向こうはそのことは憶えているらしい。
 思い出すと悪戯心が湧いてきた。
 シュンとしている背中を優しく撫でながら囁いた。
 「じゃあ、負けてくれるか?」





 そうくるか……。
 さっきのことは悪かったと心の底から反省している。
 つまらない好奇心から辛い思いをさせてしまったと。
 だが、それとこれとは別の話だ。
 そう思い眉を顰めると、
 「ハンディが欲しいな。私は……怪我人だから」ときた。
 ひ、卑怯者ぉ〜!
 怪我するほどのことはしてないじゃないか。
 「あっ、イテテ……また痛くなってきた」
 ホントかよぉ!?
 なんだかすごくウソ臭い。
 だが、事実か否かは自分の体ではないのでわからない。
 もし本当だとしたら多少のハンディはいたしかたないのかもしれない。
 そう感じ、
 「……わかりました……」と、不承不承頷く。
 すると、
 「じゃあ、三十分間攻撃はしかけないこと。これがハンディだ」と言い渡された。
 「えっ!? それは長すぎ……」
 「たったそれだけの時間で陥落してしまうのか。青いな」
 抗議の言葉に被せるようにそう言われ、あげく、ふふんと鼻で笑われると、条件を呑まないわけにもいかなくなる。
 ちくしょう……、図にのってるな。
 好奇心猫を殺すとは良く言ったものだ。
 妙な悪戯心をおこした自分がつくづく恨めしかった。
 いや、でも、要は負けなきゃいいんだと気付く。
 伊達に恋人をやってはいない。
 これから何をしようとしているかくらいは、おおかた予想はつく。
 今までの経験から、そんなにレパートリーが豊富な方だとも思えない。
 たぶん次は……。
 「……あっ……」
 思ったとおり、生暖かい感触を秘所に感じた。
 さっきあれだけ念入りに愛撫してやったのだから、もうそろそろ入れたくなっているだろうと思っていた。
 わかりやすいな……。
 前々から単細胞だとは思っていたけれど、ここまで芸がないと笑えてくる。
 「くっ……ふ……」
 入口に感じるくすぐったさと相まってこみ上げる笑いを、歯を食いしばって噛み殺した。
 向こうは真剣なんだから、笑っちゃダメだ。
 ダメなんだけれど……。
 そう思えば思うほど可笑しくなるのが人情というもので、どうにもこらえきれず両肩が小刻みに震え目尻から涙が溢れ出た。
 そのことに気が付いたのか、不意にそこから離れた顔が、こちらを見てしたり顔で笑っている。
 ははーん、これは、なんか勘違いしてるな。
 まあ、それならそれでいいか。いや、その方が都合がいいかもしれない。
 愛撫は禁止されたが、それ以外のことなら反則じゃないはずだ。
 ものすごく不本意だけれど、ここはひとつ大袈裟に演技してみるか。
 たぶんその方がこのエロオヤジには効き目があるはずだ。
 それに意味のない言葉を発している方が、勝負も有利に運べるだろう。
 なんて頭が良いんだ。
 見事な作戦についつい自画自賛してしまう。
 ふふふ……、この勝負もらった。
 胸の内で密かにほくそ笑んだ。





 ハンディをもうけたのはなかなか良い作戦だった。
 愛しの君は思いのほか手癖が悪いようなので、それを封じてしまわないことには、如何ともし難いのだ。
 勝敗さえかかっていなければ、もっとたっぷり味わってみたいものではあったが。
 それよりも今は、感じさせることに専念したかった。
 勝負もさることながら、艶めいた声が、快楽に震える肩が、どうしようもなくこの身を煽るからだ。
 早く交わりたいと吠える分身を宥めすかして、舌での愛撫を繰り返す。丹念に。
 初めてここを舐めたときは、流石に抵抗があった。しかし今は、愛しい者の躯の一部だと思えば何の躊躇いもない。
 ただ、悦ばせたい、それだけだった。
 舌で谷間を辿り、行き着いた窄まりを軽くつつくように刺激する。と、
 「くっ……ふ……」と、小さく喘ぐ声が聞こえた。
 支えている内腿は小刻みに震えている。
 ささやかな刺激でこうまで敏感に反応してくれるのは、どんな言葉より嬉しかった。
 もっと乱れさせたいという欲が湧き起こる。それは、最早、渇望に近かった。
 だがまだ充分には慣らしていない。
 逸る気持ちを抑えて、唾液でそこを湿らせていく。
 ゆっくりじっくり時間をかけて。
 何度も丁寧に舐め続けると、次第に堅い蕾がほころんでいった。
 柔らかく解けた入口に、痛みを与えぬよう細心の注意を払って舌を差し入れた。
 中へ入ると内壁が蠕動しているのを感じた。
 本来、受け入れるべき場所ではないはずのそこが、熱くわなないて侵入者を更に奥へ導こうとする。これから訪れる悦びを待ちわびているかのように。
 しかし、すぐにそれを与えてやる気はない。
 さっき、さんざん焦らされたのだ。その報いは受けてもらはねばならない。
 舌を尖らせ、内側を擦り上げる。
 自分でももどかしくなるほどゆっくりと穏やかに。
 だがけして欲しがる場所には触れてやらない。
 視線の先にある腹の上下で、呼吸が荒くなってきていることが見て取れた。
 なのに何故か、欲の証は未だに項垂れたままだ。
 内部の温度は上昇し、確かに快楽を感じていることを伝えているのに、なんとういう自制心だろう。
 そんなにまでして勝ちたいのか。
 でもそれは逆効果だ。
 鉄壁の理性を見せつけられれば、それを突き崩したくなるのが雄の本能というものだ。
 ちくしょう!
 恋人の余裕に闘争心を掻き立てられ、差し入れていた舌を一気に引き抜いた。そして力のない場所を片手で支え口に含む。
 「え!?」
 恐らくそうされることを予期していなかったのだろう。驚きの声が聞こえた。
 「ちょっ……何を……」
 抗議の声を無視して口中深く呑み込んだ。
 まだ何の反応も示してこないそこを、唇だけで甘噛みする。
 すると、逃げ打つようにびくりと腰が引かれた。
 だが、逃しはしない。
 唇からはずれたそれを追いかけ舌で絡め取る。
 根元から先端に向かって舌を這わせていくと、そこは徐々に熱と硬度を持ち始めた。
 嬉しくなって側面に啄むようなキスの雨を降らせると、
 「うっ……」と頭上で呻く声がした。
 禁欲的な恋人は、きっと声を噛み殺そうとしているに違いない。
 素直に感じれば楽になるものを。
 そう思うが、それも魅力のひとつだと感じてもいる。
 一体どんな表情で快楽と戦っているのかと想像するとたまらなくそそられるのだ。
 しかし、こんなのはまだ序の口だ。もっともっと感じさせてやる。
 好きなポイントもスピードも、すべて知りつくしているのだから。
 今までの経験と知識を総動員して口での奉仕に専念した。
 何度も裏筋を舐め上げ刺激する。
 全体を口腔内に深く含み吸い上げる。
 軽く歯を立てて扱いてやる。
 舌先で先端の割目をつつくように舐める。
 すると、もう充分すぎるほど膨張したそこから、涙のように樹液が溢れ出した。
 その蜜を括れまでだけ口に入れて吸い出すようにしてやると、
 「あっ、ああ……」と感極まった声を上げて身悶える。
 その喘ぎはかつて聞いたどの声よりも甘く淫らに鼓膜を震わせた。
 もう半ばゲームなどどうでも良くなっていた。
 更なる刺激を求めるように艶めかしくくねる腰が、向こうもそんなことは忘れているのではないかと思わせる。
 欲しがるのなら与えてやりたい。
 愛しさから溢れる想いを注ぎ込むため、求める愛撫を繰り返す。
 誘われるままに優しくゆっくりと。
 脈打つ細鞘の形を舌で縁取った。
 それは先程までよりも一段と堅く大きく膨らんで、快楽の深さを物語る。
 溢れ続ける滴が唾液と混ざり合い濡れて艶やかに光り、情欲の丈を主張する。
 それを拭うようにまた舌を絡めた。
 アイスキャンディをしゃぶるように根元から滴を舐め取っていき、先端まで辿り着くと、蜜の溢れる出口を舌先でチロチロと舐め、湧き出すものすべてをねぶりとる。
 更にはそこを呑み込んで、頭を上下に振り擦り上げた。
 すると、追情を促すように恋人の腰がゆらめく。
 と、同時に
 「はぁっ……くぅ……」と、押し殺した呻きが漏れ聞こえた。
 上目遣いに仰ぎ見る。
 視界の隅に入った顔は、想像以上に扇情的だった。
 寄せられた眉、固く閉じた瞼、そこから滲む涙、ほのかに紅潮する頬、薄く開かれた唇。
 それらすべてが、この上もなく感じているのだと伝えていた。
 嬉しかった。
 至上の慶びとさえ感じた。
 だからこそ、この幸福を長く味わいたいと強く思った。
 ところが、ストイックだと思っていた恋人はいったん箍が外れると驚くほど欲深で、羞恥に耐える表情とは裏腹に、そんなものでは足りないと、貪欲に強請ってくる。
 何が欲しいかは知っている。
 だが、まだ時期じゃない。
 焦らしたいからではなく、それを与えるには潤いが足りないのだ。
 いかに勝敗がかかっていても、苦しませることはしたくない。
 そおっと微かに湿った蕾に中指を差し入れた。
 銜えたものは離さないまま。
 解しきれていないと思っていた入口は、柔らかくうねって指を呑み込んでいった。
 どうやら痛みはなかったことに安心して、そのまま奥へ進ませる。
 内壁を掻き回すように撫で探る。
 その間も舌で休みなく欲の証を煽り続ける。
 でもけっして達してしまわないように速度を調節しながら。
 欲望は最早、はちきれんばかりに怒張していた。
 口の中でドクドクと脈打っている。
 それと同じリズムで内部が収縮し指を締め付けてきた。
 それはまるで指にも性感帯があるかのように、この身に悦びをもたらした。
 その感覚に自分自身も忍耐が限界に近いことを悟った。
 早くここに入りたい……。
 夢中で指を蠢かせ求める場所を探す。
 指先が何かに当たった。
 瞬間、恋人の躯がビクリと痙攣した。
 あった。ここだ。
 ようやく見つけたスウィートスポットを強く指で押す。
 と、
 「あーっ、ああっっ!!」と、一際高い嬌声が響いた。





 ほんの少し指先で触れられただけなのに、背筋をゾクゾクとした快感が走り抜けた。
 継いで強く押されると、いたたまれないような愉悦が銜えられた部分に届き、演技ではない奇声を上げてしまっていた。
 さっきまでは、どんなに性器が変貌を遂げようとも、そんなのはただの脊椎反射で、心地よさは感じても頭は冷静でいられた。なのに……。
 こんなことは何度もされたことで、どんな風に感じるのかも予測できる。やり過ごすことは簡単なはずなのだ。
 わかっているのに感じてしまう。
 そしてそのことが嫌ではないのだ。
 むしろ期待すらしている。
 指だけでこんなにイイのなら入れられたらどんなに……と。
 頭の隅を不意によぎるその考えに驚愕した。
 いつの間に自分はこんなにも慣らされてしまったのだろう。
 悦びを分かち合うのは不快ではない。
 でも、一方的に与えられるものを享受するのは負けじゃないのか。ゲーム云々に関わらず。
 敗北感に打ちのめされそうになる思考を傍若無人な指が妨げた。
 指の腹で弱い部分を擦られて悲鳴が上がる。
 「あっ、うあっっ」
 演技で声を上げていたせいか、声を殺すことが出来なかった。
 そのことに気をよくしたのか、指は執拗にそこばかりを弄る。
 同時に舌が猛る中心に絡みついた。
 それは柔らかく熱く濡れた感触で全体を這い回る。
 時折、口に含んで甘く噛んだかと思うと、強い力で吸い上げられる。
 そしてそれに飽きると、舌先で先端の窪みをこじ開けようとする。
 敏感なその場所は、触れられただけでも感じてしまうというのに、そんな風にされると耐えきれなくなる。
 後ろの刺激と相まってとろけるようなうねりに呑み込まれた。
 躯が弛緩して言うことを聞いてくれない。
 唇からは譫言のような意味のない言葉ばかりが溢れ出る。
 「もっと」と言ったかもしれない。
 「早く」とも口走っていただろう。
 でも名前は呼ばなかったようだ。
 ゲームオーバーのジャッジが下されないのだから。
 それとも向こうもそんなことはとうに忘れているのか。
 それなら勝つ見込みはまだあるのかもしれない。
 そう思った瞬間、指と舌が躯から離れ、俯せに組み臥された。
 そのせいで勃ち切った陰部がシーツに擦られ快感が走る。
 するつもりもないのに無意識に腰をゆらめかせてその感覚を追いかけていた。
 布の繊維が舌や指とはまったく違う質感で鈍い痺れをもたらす。
 それは歓喜とはほど遠いが、少しずつ着実に性感を高めていった。
 滑らかな表面に全体を擦りつける。浅く小刻みに腰を揺すって。
 擦られるごとに甘い疼きが湧き上がり、じわりと先端から滲み出るものがシーツを汚しているのを感じた。
 疼きは欲望の背中を押し、尚も淫らに腰がくねる。
 「はっ、はぁ……。うっ、うう……」
 浅ましいと思っているのに、ただの物体で快楽を得ることをやめられないほど、躯は限界に近くなっていた。
 不意にその腰が刺激を与えてくれる場所から遠ざけられた。
 不満を唱える間もなく、灼熱の塊が体内に侵入して来た。
 それは狂ったように激しく内部を攻め立てた。
 こんなに性急に追い上げられたことは一度もなかった。
 まるで強姦でもするかのような勢いだった。
 愛情の欠片も感じられない抽挿なのに、躯はどんどん猛ってゆき怒りは微塵も湧いてこない。
 それどころか、もっと強くと求めてさえいるのだ。
 腰が高々と抱え上げられ、獣のような体位を強いられても、羞恥も屈辱も感じない。
 どうかしている。
 そう思うのは一瞬で突き上げられると何も考えられなくなる。
 快かった。
 自分でも信じられないほど。
 もう限界だと感じていたのに、内部の肉壁を掻き回されると前が大きく屹立していく。
 そこは小刻みに震えとめどもなく涙を流し続ける。
 したたる滴はシーツに新たな染みを残した。
 狂おしいまでの愉悦を逃すため、大きく息を吐くとそれはそのまま甘い吐息に変わる。
 それでも容赦なく攻め立てられ、やがてその肉の獣は最大の泣き所を探り当てた。
 「あっ、あっ……やめ……」
 制止の言葉を吐きそうになり、慌てて唇を噛んだ。
 それは殆ど負けを意味する科白だったからだ。
 勝ち負けよりも、ゲームの終了が嫌だった。
 こんなところで終わりたくない。
 もっと、もっと……。
 期待どおりの激しさで野獣の鎌首が力強くそこを圧迫する。
 甘やかな、けれど激しい快感が猛る中心の先端まで伝わり、身も世もないような思いに捕らわれる。
 頭の芯が痺れるような快美感にせつなさが募る。
 どうにかなると思った。
 いいや、すでもう、おかしくなっているのだ。
 知りつくしていると思っていた恋人の些細な変貌に、これほどまでに翻弄されて。
 それを肉体の快楽ではない部分でも愉しいと感じ始めている。
 苦しい息の下でいつしか自分が薄く笑っていることに気付いた。
 それは自虐の嗤いなのか、純粋に幸福への笑いなのか、霞のかかった頭では判別がつかなかった。
 それに気付いたのか恋人は、淫猥な言葉で煽ろうとする。
 「……余裕……だな……。こんなに感じているくせに……」
 ちがう、余裕なんかない。
 ただ、一秒でも永く、この瞬間が続いて欲しいだけなんだ。
 その欲望から、何度も襲いくる射精感を、指が血の気を失って白くなるほど強くシーツを掴み振り払う。
 激しく振られる頭は無言の要求と受け取られたのか、擦りつけるスピードが速くなった。
 摩擦は忙しなく繰り返され、官能と疼きと痺れがない交ぜになって襲ってくる。
 気も遠くなるような愉悦に雄の象徴が猛り狂う。
 外気に晒されたまま、まったく触れられもしないそこは、直接刺激されることを望んで吠えていた。
 我知らず指がそこへ伸びていく。
 しかし触れる寸前でその手は愛しい者の指が絡め取り、ベッドに縫いつけられてしまった。
 焦らされる快感に躯が震える。
 内壁が自らを穿つ楔を喰むように大きく蠕動した。
 すると刻まれるリズムが尚も早くなっていく。
 接合部分が湿った音を立てて情欲を煽り立てる。
 はあはあと、頭上で荒い息が聞こえ、恋人もまた快楽に溺れている事実を知る。
 心も躯も何もかもが悦びに支配される。
 深い深い津波のような愉悦が押し寄せてきた。
 摩擦が音が抱きしめられる肌触りが迸る汗が、陶酔感と絶頂感をもたらし、この退廃的な幸せの終わりが近いことを告げる。
 やにわに腰が引かれ返す勢いで一段と深く強く打ち付けられた。
 それは確実に的を捕らえ耐えていたすべてのものを焼き切った。
 「あっああーーーっ! イイ……すご……イイっ!!」





 探り当てたツボを刺激するのはたまらない興奮を喚んだ。
 このまま指でイかせてしまおうかと誘惑さえする。
 だが、素直になった想い人の「もっと」と「早く」が正気に返す。
 正気?
 正気なわけがない。
 狂っているんだ二人とも。
 その狂気の沙汰は、恋人のしどけない仕草で更に拍車がかかった。
 貫くために俯せた躯が、シーツの上で蠢いている。
 微かに腰を震わせて。
 甘い吐息が、上気する頬が、何をしているのかを伝えてきた。
 それは視線を釘付けにした。
 かあーっと頭に血が上り、心臓が早鐘を打つ。
 惚けたように口を開き見入ってしまう。
 そのせいで封を切ろうと口に銜えていた避妊具の袋を取り落としてしまった。
 慌ててそれを拾い袋を破り装着する。
 被せ終わって顔を上げても、まだ腰は揺れていた。
 快感を貪るように陶酔しきった表情で。
 「はっ、はぁ……。うっ、うう……」
 押し殺した喘ぎを漏らし自分で慰める姿は、この上もなく艶めかしい。
 思わず生唾を飲んでしまうほど。
 恋人のこんないやらしい姿を見るのは初めてだった。
 全身の血が一気に下半身に集中していくのを感じた。
 苦痛を与えるまいという気持ちも、優しくしなければという庇護欲もすべて消し飛んだ。
 気が付くと猛りを深々と打ち込んで、激しく揺さぶっていた。
 しまったと思ったときには既に手遅れだった。
 しかし、それは、自分にとって都合の良い方にだ。
 動物のまぐわいのように屈辱的なポーズをさせているのに、まるで嫌がっていないのだ。
 それどころか、膨張していく細鞘がとめどなく涙を流してうち震え、深い快楽を感じていることを伝えてさえくる。
 同時に内部が緩やかに収縮を繰り返し、貫く楔を締め付ける。
 扇情的に厚い唇から吐き出される息は、そのすべてが甘い響きを伴っていた。
 限界が近くなる。
 下腹に力を入れてその感覚をやり過ごし、望みどおり激しく突き立てると、
 「あっ、あっ、やめ……」と悲鳴が上がった。
 その声に顔を覗き込むと、唇を噛みしめ耐えているのが目に入った。
 この期に及んで、まだ勝負を捨てていないのか。
 なんて強情な。
 怒りが刻むリズムを早くする。
 得体の知れない敗北感と破壊衝動に突き動かされ、泣き所ばかりを強く激しく攻め立てた。
 なのに……。
 笑っている。
 体中のありとあらゆる器官が、感じていることを示しているのに、唇だけがその端を上げてアルカイックに微笑んでいるのだ。
 後がない。
 崖っぷちに追いつめられたような気分になった。
 今まで築き上げた自信がガラガラと音を立てて崩れていく。
 だが、まだ、勝負がついたわけではない。
 自慢ではないが、往生際の悪さには、目の前の恋人以上に定評がある。
 こうなったら、なにがなんでもイかせてやる。
 策はなかったが闘志だけは沸々と湧いていた。
 「……余裕……だな……。こんなに感じているくせに」
 苦し紛れにわざと淫らな囁きをおくる。
 そして、自分も相手も壊れるほどの勢いで、そこを強く早く何度も擦った。
 その度締め付けがきつくなり射精感に襲われても。
 それは功を奏したのか、やがて恋人の美しい指が自らの欲望へ伸ばされる。
 けれどもその手を掴んでシーツに縫いつけた。
 自分で慰めることなどもう許さない。
 追いつめられた躯と崩された自信の責任はとってもらわなければならない。
 焦らされることに不満を訴えるように内壁が大きく蠕動した。
 まずい……。
 もう一度これが来たら、耐えられる自信はなかった。
 早く決着をつけなければ。
 今までよりも早く、腰が抜けるかと思うほど強く感じる場所だけを摩擦した。
 グチュグチュと響く繋がりの音が、耳から官能を煽り立てる。
 絶頂の波が押し寄せ思わず恋人を後ろから抱きしめていた。
 もう、ダメだ……。
 熱の解放を促すため、いったん腰を引き、返す勢いで深々と最奥まで貫いた。
 それは確実に的を捕らえたらしく、やにわに腕の中から啼き声が迸った。
 「あっああーーーっ! イイ……すご……イイっ!!」
 同時にブルッと震えるのを腕に感じた。
 勝った!!
 悦びに思考が飛んだ。
 そのせいで言わなくても良いことが唇に乗る。
 「えっ? ウソ? イイの? 室井さん……うっ!」
 そしてゲームの幕は下りた。





 「……今、なんて言った?」
 達した後、途端に勝ち誇る青島に、室井は荒い息の下から掠れる声で訊いた。
 「え? ……あーーーっ!?」
 言われて初めて青島はしてしまった過ちに気付く。
 「……お前、誰だ?」
 「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
 天国から地獄へ急転直下。
 青島は頭を抱えて倒れ臥す。
 その姿は滑稽でものの憐れを誘った。
 「まあ、私に負けたからって、それは当たり前のことなんだから、元気出せ」
 室井は可哀想な恋人の背中を撫でて慰める。
 その言葉が暗に勝者の自慢を語っているとも気付かず。
 と、青島は突然ガバッと上体を起こし、
 「でもね、先にイったのは室井さんじゃないですかっっ!!」と、ゴア大統領候補もかくやの往生際の悪さで反論した。
 「やっぱり、勝ったのは俺ですよっっ!」
 「なんだと!? そんなのはルールにないだろ!!」
 「で、でも、途中で室井さん、なんか俺っぽくなくなってましたよ。俺、あんな喋り方しないですもん。あれじゃ、新城さんみたいだよ」
 青島の負け惜しみは強烈な破壊力で室井に突き刺さった。
 「……新城……よりにもよって新城……」
 今度は室井が落ち込む番だった。
 背中にオドロ線でも背負っているかのごとく悲愴な顔で項垂れる。
 「あ……でも、ほら、演技力は持って生まれた才能だから、どうしょうもないし……ね……」
 自分の言葉が思いのほか室井を傷つけてしまったことに、罪悪感を感じた青島は、申し訳なさげに慰める。
 その台詞が傷口に塩を塗るものだとも知らず。
 すると室井は僅かに頭を上げて、下からねめつけるように青島を見、
 「お前だって、一倉みたいだったぞ」と切り返した。
 ヒューッ。
 空気が凍りついた。
 一倉に似ていようがいまいが、青島は彼の人となりを殆ど知らないので、どうでもいいことだったが、慰めに対する答えがこれかと腹が立った。
 「やっぱり、負けたのはお前だ。俺の名前を呼んだんだからな」
 それを言われるとぐうの音も出ない。
 確かにルールでは先に役を降りた方が負けと取り決めた。
 しかし、達した後なら時間切れとも言える。
 制限時間オーバーで綺麗に技が決まっても、それは一本とは見なされないではないか。
 「……引き分け……ドローゲームですよ。だって先に……」
 「まだ言うか」
 「じゃ、仕切り直します? ……あ、でも、自信ないか。どうせまた室井さんの負けだもんね」
 憎たらしい言い種に、室井はカッと頭に血が上った。
 「望むところだっっ! 今度こそヒイヒイ言わせてやる!!」
 室井は青島の肩を掴み挑みかかった。
 奪うような激しいくちづけをくれてやると、そののまま体重をかけてベッドに押し倒した。
 夜明けまではまだ遠い。
 バカップルの泥試合はまだまだ終わらないようだった。





ENDLESS




<<どうやら何か言い訳があるらしいので聞いてやろう

<<ふざけんな! 気持ち悪いったらねーぜ! 俺ぁ、帰るっ!!


<<我慢ならん! 一言物申す!!

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