バベルの塔の廊下を、今日この日だからこそ逢いたいと思っている人物の部屋へ向かっていそいそと歩いていると、角を曲がったところで運命かのようにその人物を見つけた。
彼は私になど気付く様子もなく、長いコンパスでスタスタと歩いて行く。
私は慌てて彼に近寄り、彼の腕を掴んで引き寄せ腰に手を回す。そのことによって私の眼前にまで迫った彼の唇を迷いなく奪った。
すると次の瞬間、左頬に激痛を感じて、私の体は廊下の壁に激突していた。
唇の端が切れて血が滲んでいる。しかし歯が折れなかったのは彼なりの優しさなのか。
だがそれにしても唯一無二のこの盟友に拳で挨拶とは……。
私は頬をさすりながら不満を申し立てた。
「いきなりパンチとは酷いなぁ」
が、彼は、私以上の剣幕で
「何をいうか! 貴様こそ往来でいきなりどういうつもりだ!!」とがなり立てた。
ははは……。いつも通りの反応だ。判ってはいたのだが……。
「いやいや、これは申し訳ない。つい、気が急いてしまってね」
詫びる私に彼は二発目の拳を叩き込む準備をしている。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえよ。話し合おう」
「……話し合いだと? そうだな。今日こそは、じっくり話し合うとしようか。来い」
問答無用に殴られるのかと思いきや、彼はそう言って私の腕を強く引っぱった。
「え? え?」
どういう展開なのかわけが判らず狼狽える私をぐいぐいと先に連れて行こうとする。私が引きずられそうになるほどの早足で。
しばらく進んで彼の目的地が、どうやら私の目指していた場所だということに気付いた。
そうだろうとも。話し合うというなら彼の私室が一番だ。
一体どんな説教をされるのかと打ち拉がれた気分でいると彼は、手早くドアの鍵を開け私を中に放り込んだ。そして自分の体もするりと中に滑り込ませると後ろ手に施錠する。
外からの光が遮断されまだ灯りの付いていない部屋では彼の表情が読み取れない。
怒っているのだろうか?
それはそうだろうな。殴られるほどの真似をしたのだから。
ところが。
彼は灯りも点けないまま私の胸ぐらを掴んでドアに押しつけると、まるで噛み付くように私の唇を奪ったのだ。
「んっ……くっ……ふ……」
くちづけは激しく私の中を蹂躙する。
舌を絡め吸い上げ歯列をなぞり、私の口腔内の性感帯をことごとく刺激した。
予想だにしなかったあまりのことにされるがままの私の呼吸が怪しくなった頃、ようやく唇は解放された。
「君! 突然何を──」
「ふ……血の味がするな。悪くない」
そう言って彼は私に皆まで語らせず彼、胸ぐらを掴んでいた手を離し、首筋から胸へ腹へ腰へと滑らせてゆき、やがてあろうことか私の股間をじれったくなるようなスピードで撫で摩り始めた。
「あっ! くっ……」
私は思わずうわずった声を上げてしまった。
今なら判る。彼がどんな顔をしているのか。
さぞや勝ち誇った表情をしているに違いない。
しかし何故ツンデレの彼が、これほどのことをしてくれるのか。
と、彼の息が耳にかかった。そして艶めく声で囁いた。
「貴様がワシに火をつけたのだぞ」

なんということだろう。あんなフレンチキスが彼をその気にさせただなんて。
驚く私に彼はたたみかけるように言った。
「今日が何の日か知らぬ貴様ではあるまい。先程の愚行もそれを知っての狼藉だろうが」
知っていたのか!?
彼にとっては「くだらない」と一笑に伏すような日のことを。
彼は私のその考えを読み取ったのか、
「貴様の喜びそうな日だ。『キスの日』とはな。確かにそんな日はくだらぬが、貴様と口付けてそれだけで終わるのはもっとくだらん」と述べる。
えええええええ〜!!
神も仏も信じてなどいないが、今日のこの日は何かに感謝の祈りを捧げてもかまわない気になった。
「ベッドへ行くぞ」
そう告げて彼は私を担ぎ上げた。
私の希望は彼をお姫様抱っこすることなのだが、彼がここまで譲歩してくれているのだ。それ以上のことは望むまい。
そのまま私は寝室へ運ばれ、天蓋付きのベッドに放り出された。
ベッドのやわらかさを味わう間もなく、彼が私に覆い被さってきた。
そして私の耳朶を甘く噛むと、
「さっきはお互い不意打ちだったからな。せっかくの日だ。存分に味わえ」と、深く濃いくちづけをくれた。
今度は私も彼の行為に応え自ら舌を絡ませた。
甘い甘い接吻が続く。
幸せすぎて胸がつぶれそうなほどの。
やがて唇は離れ、聞いたこともないような彼の優しい声が聞こえた。
「これだけで満足されては困るぞ。まだまだ先は長いのだからな」
私たちの『キスの日』が始まりを告げた。



HAPPY END



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