■月と盟友■ 「始まったようだね」 テラスに立って、いつものように葉巻を吹かしながら、空に輝く欠け始めた月を見上げるアルベルトに、セルバンテスはそう声をかけた。 その両手には杯がひとつと片口の銚子があった。 杯をアルベルトに手渡し、そこに酒を満たしながらセルバンテスは夢見るように 「君は月もとてもよく似合う。一葉の絵のようだよ」と呟いた。 今宵は皆既月蝕の日だった。 天高くに碧く光を放つ月は、先程から少しずつその形を変え始めている。 注がれた酒を一息に呑み干して、空いた杯をセルバンテスに手渡しながら、 「そうか? ワシは貴様の方が似合っていると思うがな」とアルベルトは言った。 「月を見ると何故か貴様を思い出す。殊に今宵の月はそうだ」 「そうかな?」 「ああ。僅かな間に欠けたり満ちたり忙しい……」 「あはは……そうだね。そのとおりだ」 アルベルトの言葉に、手酌で注いだ酒をあおって、セルバンテスは渇いた笑いを返した。 セルバンテスには自覚があった。自分が目の前の最愛の盟友(とも)の一挙手一投足にどれだけ振り回されているのか。その度に感情の振れ幅が激しくなることも。アルベルトの言うとおり、まるで今夜の月のように。 セルバンテスは彼の台詞に応えるとも、ただの独り言とも取れる音を紡いだ。 「私は独りでは満たされない月だ。たった独りでは欠けてしまう……。君という『太陽』に照らされて初めて満ちた光を放つことが出来る……」 それを聞いてアルベルトは 「ふん」とひとつ鼻を鳴らした。 そしてセルバンテスのクフィーヤを乱暴に外す。それからそこに現れた明るい色の短髪を、葉巻でふさがれた方と反対の手で、くしゃくしゃと掻き乱し呆れたように言い放った。 「たわけたことを言うな。眩惑のセルバンテスともあろう者が。ワシの知る眩惑の漢(おとこ)は、それほどに脆弱ではない」 その言葉にセルバンテスは彼にもあらずはにかんだ笑みを見せた。 「そうだ。笑え。笑ってしまえ。今日は何を思い悩んでいるのか知らんが、そんなものは、酒とワシが消してくれるわ」 アルベルトはセルバンテスの懊悩(おうのう)を払い除ける台詞を吐く。 これだから敵わない。 どれほど取り繕おうとも全て見透かされてしまうのだ。 「ふふふ……ははははは……」 セルバンテスは今度は腹から笑った。 それをアルベルトは満足げに葉巻を吹かし眺め入った。 杯を傾け合う二人を、満ち始めた月が照らす。 その縄張りを昇り始めた太陽に譲りつつ。 白みだした明けの陽(ひ)の中、強い漢たちはいつまでもいつまでも笑い合っていた。 |
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【コメント】 上記のようなSSを、ブログの方にアップしたら、【のらへらあず】のネコシマれーな様がいたく気に入って下さって、素敵な挿絵を下さいました。 せっかくなので、小説と一緒に載っけてみました。 いやぁ、でも……何度見てもアルベルトの腰のラインと、キュッと上がったお尻が素晴らしい……ほぅ(溜息) ↑いや、けしてエロい意味ではなく……ね……^^; 最後になりましたが、ネコシマさん、素敵なイラストありがとうございました。 |