「う……くっ……あっ……はっ……」
薄暗い寝室の中でくぐもった声が響く。
悪の秘密結社BF団が十傑集の一人、衝撃のアルベルトの声だ。
アルベルトは今、一人でベッドに躯を横たえている。
こんな声を上げているというのに、その隣にはあるべき人物の姿はなかった。
「ふ……う……セル、バン……テス……」
名を呼べど姿が現れることはない。
何故なら、今現在、盟友と謳われるはずの彼らは、ちょっとした諍いを起こしているからである。
非はあるべき人物、アルベルトと同じく十傑集が一人、眩惑のセルバンテスにある。
真実はどこにあるかはわからないが、少なくともアルベルトはそう認識している。
何のことはない、二人の夜の営みで、セルバンテスが調子に乗っただけである。
セルバンテスの奴に言わせれば、
『君が魅力的すぎるからだよ』ということにでもなるのだろうが、そのとき受け入れる側だったアルベルトからすれば、二度とセックスなどしたくないと思うほどに粘着質だったのだ。
だからアルベルトは宣言した。
「セックス断ちだ!」
それから二週間強の現在(いま)である。
短くはない付き合いで慣らされ尽くした躯が、奴を求めて啼き出したわけなのだ。
自分から言いだしたというのに、僅か半月でこの体たらく。そのうえ名まで呼んでしまう有様だ。
アルベルトとしてはこれ以上はない屈辱だが、昂ぶる躯は止められなかった。
「くっ……あ、あ、あ……」
アルベルトの右手の中で猛る細鞘が先走りの雫でぐしょぐしょに濡れていく。それは止めどなく溢れ続け、後ろまで伝いその奥に潜む孔をも潤していた。
それほどまでに感じ入っているというのに限界が遠い。
確かにもう既に三回も達しているのだから、当然なのかもしれない。
そう。この不毛な行為は一度目ではない。
躯の昂ぶりを抑えきれなくなってから、意を決して慰め始めたのだが、何度達しても熱が冷めることがないのだ。否、絶頂を向かえるごとに情欲は更に深くなっていったのだった。
原因は薄々判っている。だがそれを認めることはアルベルトにとっては敗北でしかなかった。
だから無心に反り返る猛りを擦る。しかし、嬲れば嬲るほど、躯の奥がじんじんと疼いていくばかりである。
アルベルトの表層意識に反して、躯は、ただ一つの刺激を求め続けている。
「くそっ」
毒づき歯を食いしばりながら、その要求に抗おうとするがままならない。
とうとうアルベルトの指が、はくはくと開閉している場所へ伸びていった。
アルベルトの零した蜜で濡れそぼったそこは、いとも簡単にアルベルトの指を飲み込んだ。
「はっ、ああ……」
アルベルトの口から深い嘆息が吐き出される。それと共に張り詰めていた糸が切れ、耐えていた何かが決壊した。
最早アルベルトに躊躇いは何もなかった。
挿れた中指を、ずぶずふと奥へ進めていく。
それを中で動かしてある一点を探し求める。
だが奴のようには簡単には探り当てられず、何度も抽挿を繰り返し、もどかしげに腰を揺すった。
その間放って置かれた前がふるふると小刻みに震えている。
「ふ……ぁ……」
空いている方の手で、今以て怒張し続ける雄の証をしっかりと掴む。それから先を促す様に扱き立てた。
けれども本当に欲しいものを得てはいない不満が快感を鈍くしていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
息を荒げながら中を闇雲にかき混ぜた。
そして、はずみで、くと中指の第一関節を曲げた刹那。
「あ、あ、ああ〜っ」
彼にもあらぬ喘ぎが口を突いて出た。
やっと快楽の中枢に辿り着いたのだ。
アルベルトはそこを何度も強く押した。
その度に、ぞくぞくと背筋を痺れが這い上った。
最早敗北感などという屈辱はきれいに消え去っていた。
一度関が切れた躯には、何の歯止めも効かなかった。
アルベルトは無我夢中でそこからの快感を追う。
悦かった。
前だけの自慰が、何だったのかと思うほど。
そうなると躯は尚も欲深くなった。
「くっ、セル、バンテス……セルバンテ、スっ……」
繰り返し名を呼びながら、より強い愉悦を欲する。
押し、擦り、引っ掻いた。
そうすることによる刺激は、ダイレクトにアルベルトの欲望に伝わった。
何度も達した後とは思えぬほどの量の樹液が、先端の孔から溢れて止まらず、手の中のものもどくどくと脈打って膨れ上がっていった。
指を飲み込んだ場所は熱く蕩け、欲の中枢は最初に触れたときよりも腫れ上がっていた。
限界がようやく近づいてきた。
アルベルトは最後を求め、大きく膨張した内部の場所を、ひときわ強く激しく押し、擦り立てた。
意識が奴の色に塗りつぶされていく。
堪らなかった。
自慰でこれほどの快感が得られるとは思いもしなかった。
──ダメだ……。もう……。
そう思ったとき、全身に痙攣が走り、
「くぁっ、あ、あーーーーーーっ!」と嬌声を上げ、白濁した飛沫を迸らせた。
しかし。
解放の瞬間は、奈落の底に突き落とされるかのような、深く激しい快楽に襲われたというのに、これでもまだ躯は何かが足りないと訴えてきたのだ。
いや。恐らくそれは『躯』が欲しているのではないのかもしれない。
認めたくはないことだが、ここに居て欲しい者があることを、深層心理が訴えているのだ。
平常時のアルベルトならその想いを無残に立ち斬ったことだろう。
だが、現在(いま)のアルベルトは普段とはわけが違った。
長い禁断症状の末にドラッグを得た者のように欲望だけに支配されていた。
そうなると理性などは働かず、敗北感に矜持を焼かれることもない。
手早く身の始末を済ませると真新しいスーツに着替え乱れた髪を整える。
十傑集、衝撃のアルベルトの完成である。
その姿はまるで何事もなかったかのようだ。その緋色の瞳の奥に宿る情欲に滾った焔(ほのお)を除いては。
向かう先は決まっている。この躯と精神(こころ)に火をつけた者の元だ。
アルベルトはすらりと伸びた長いコンパスで、迷うことなく足早に部屋を後にした。








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